海がとまらない

「文字として形にされなかった私の思考は、いったいどこに消えてしまうのだろうか?」

 

 2013年6月某日。思ったことや考えたことを忘れないように親指を走らせたいわけだが、かつてあったその場所はもうなかった。結果、思考はぶつぶつとした判別不能な音声に変わり果て路上へと消えた。時と場所と状況によっては、この世ならぬ場所へ連行されかねない。それはちょっと良くない。

 

 経緯と呼べるほどの経緯や、理由と呼べるほどの理由はない。ないのだが、とりあえず事実を記してみることにした。日々の生活のなかで溜まっていくストレス、また、得体の知れない不安は無尽蔵に湧き出てくるように思われた。胸がもやもやとしたものでいっぱいになり、気づくとインターネットに向かって独り言をつぶやく回数が増えていた。

 

 外回りが多い仕事ゆえ、つぶやくのは造作ないことだった。社外であれば同僚や上司にディスプレイを覗かれる心配はない。移動時間をつぶやきやタイムラインの読破に費やしたところで業務に特段の支障もなかった。もっとも、まっとうなサラリーマンであれば、移動時間は資料を読んだり次の客先での応対シミュレーションに充てたりするのかもしれないが。

 

 もちろん、自制が聞かなくなっている自覚はあった。自己実現とでも言おうか、そのような欲求が良からぬ形で表出したものだと思っている。何かを思い浮かべた次の瞬間、ほとんど無意識のうちに右手はポケットをまさぐり、親指がクライアントアプリを立ち上げている。きっと海賀の脳は、私の右手の親指に詰まっているのだろう。Twitter上では、現実の私ではない、「海賀遠太郎」というパーソナルが日に日に肥大化していく。やがてそれは現実世界にまで手を延ばし始めた。私が私でいられる時間が短くなっていく。

 

 話を数年巻き戻す。Twitterを開始してからしばらくはあいつも例に漏れず、フォロワーの増減を気にしたり、「被フォロー/フォロー比率が1.00を上回るひとは発信者側にいる人気者なのだ」などと羨やんでいたようだ。濃いつながりとは言い難いが、何人かの人々とはリプライを通じて会話もさせてもらっていた。他人からのリプライはその内容を問わず素直に嬉しがっていたようだ。また、片手で数えきれるほどではあるが、それまでアイコンでしか知らなかった人と実際に顔を合わせて話す機会も持った。

 

 リプライについてもう少し話すと、私の場合、向うから話しかけてきてくれた人間を「あ、この人は怖くない。いいひとだ」と認識することが多い。一度でも会話を交わした相手に対しては、ガードがストンと下がるのだ。人間は得体の知れないものをおそれてしまいがちだと聞く。それは逆に言えば、知ってしまえば好きになるということである。もし仮に初対面の印象が悪かったとして、それはきっとそれは私の理解が足りないだけなのであり、世の中に本当に悪い人間などはいない。どんな人間にも愛すべきところがある。私という人間をよく知る人たちからしたら信じられない話かもしれないが、嘘偽りのなく、本心からそう思っている。

 

 まるで愛の告白じゃないか。断っておくが、おまえの場合のこれは「博愛主義」だとか「隣人すべてを愛せ」などという大層なものじゃない。他者から嫌われることを極端に嫌う性格ゆえ、一度会ってしまった他者を嫌うことができない。そうした卑しさによるものだ。

 

 海賀の話に戻ろう。あの腐ったひまわりお化けみたいな奴の口から発せられる泥のようなつぶやきが増えるにつれ、私は荒れた。そして黒歴史に身悶える人々がそうであるように、深夜、その日に自分のしたつぶやきに悶え、自戒を強めた。「明日こそは海賀の好きにはさせない」 しかしそれも無駄だった。不思議なことに、翌朝目覚めると決意はどこかに消えており、いつもと変わらぬ調子で私のなかの海賀は泥を吐き続ける。手に負えない。しかたなく、私はアカウントに鍵をかけることにした。

 

 6月某日、私は友人に声をかけ仕事終わりに飲みに行くことにした。大学時代から年2桁くらいのペースで会うような仲の人間ばかりなので、ざっくりと場所とメンバーだけを連絡するような流れだった。

 

 ところで、最近のあいつはメールの着信が多かった。いわゆるモテ期というやつのようだった。なかでも仕事関係で仲良くなったおっさん(45歳既婚他社所属)からの、「あの会社のA子さんが好きだ/Bさんとあだ名で呼び合い始めた/C社の子猫ちゃん(原文ママ)と喫煙所で1時間もしゃべった/最近D子が冷たい/掃除のおばちゃんとエレベーターで/保険のお姉さんが/B子はC子はD子は掃除のおばちゃんは、どうよ?」などというメッセが連夜止まらない。スタンプが止まらない。グラビアアイドルの画像添付が止まらない。大車輪だ。本当に笑える。あいつは「なんで俺はおっさんと恋人のような頻度でやりとりを…?」と嘆いていたが、前述の理由から、このおっさんのことも嫌うことはできずにいたようだ。超絶にウザくはあるが、尊敬できる面も持ちあわせていたことはおれも認める。

 

 そうこうしているうちに、些細な、それでいて致命的なミスが起こる。ストレスと先行き不安、メッセに対する返信、続々と到着する半裸のグラビア画像、合間を縫って親指から放たれる泥々としたおれ。あいつの脳みその回路がおかしな接続をしてしまったのか、あいつがダイレクトメールで送ったつもりでいた、

 

「@チワワ氏 明日新橋で飲まない?セントバーナード(実際は本名)とドーベルマン(実際は本名)、それと遅れてシベリアンハスキー(実際は本名)とアイリッシュコーギー(実際は本名)が来る予定」

 

 という文章が、何故かタイムライン上に投稿されていた。あいつのために言い訳をしておくが、そのときのあいつが、あいつだったか俺であったのかは俺にもよく分からないのだ。2分後、表示された投稿に気づいたあいつは軽くパニックになりつつも当該つぶやきを削除。とりあえず煙草を一本すい、その後盛大にえづいた。「だれも俺のタイムラインなど見ておらんよ…鍵もかけているのだし…」と自己完結を図るもやはり安心できず、ラインを立ち上げ毛並みの良い一匹の犬にメールを送る。「大乗仏教」と返答がある。

 

「……だ、大乗仏教されちゃう!」

 

 己のミスの大きさと振る舞いの愚図さに第二第三の大乗仏教が発生する危険を感じたあいつは、アカウントを削除することにしたのである。

 

 

 

 

 その後、経緯を知った聡明で美しい犬たちから、急にアカウント消したら、身バレ/なんらかの対人トラブル/炎上/リア充になって爆発した/犯罪に手を染めた/などの疑いを持ってしまうとのありがたい助言を得、なるほどそれはよろしくないわねと削除後2日にしてアカウントを復活させようと思ったという次第。少しずつ広げていった大地は0に戻ってしまったが、どうやらはおれはまだ消えなくて良いらしい。

 

 

 

ーー「反省文」 (2013)  海賀遠太郎ーー

妄想・ぼくのまちの選挙

私も事前投票だったので、投票率の低さとか投票場所に人が少ないとか偉そうには言えませんし、そもそも投票率ってものは低くても誰も困らないのかもしれませんがそれでも人が投票に来てくれないと嘆く人がいるのなら、それはちょっと人集めについて頑張りが足りないのではと思ってしまいますね。例えば僕が選挙日を作るなら、必ず小雨が降り謎の力によってテレビパソコンなどの娯楽機器が一時的に使用不可能になり(レゴ的なものも凍っている)、家にいてもまるで暇になってしまい……

「パパママぁ、つまんなーい」ああ、娘がうるせえから本も読めねえし、雨が降ってて洗濯もできん。隣の家も似たような状況で、電気や水道が止まってるわけでもないし、いったいどうなってるわけ? と、そのとき一件のメールが入ったのだけど。……あれ?変だ。たしか朝からずっと電波にゼロになっていたはず? メールの差出人には俺の住む自治体の名前が書いてあって、はっきりいって怪しい。だって、なんで役所が俺のメアド知ってんの?教えた覚えなんてないんだけど。でも、指がとまらない。正体不明のメールを開くのはよくないことだと分かっているのに。

選挙権を持つ全住民に配信されたメールには、「近場で只で観れるならまあ…」くらいの芸能イベント(SASUKE公開録画など)が投票場で行われる旨が書かれている。その他にの昨年の最高視聴率をさらったドラマ、家政婦のミタのオリジナル新作エピソードや婦人部による甘酒と豚汁の炊き出し、落ち葉焚きによる焼き芋、路上パフォーマー、地元マスコットのゆるキャラによるスポーツチャンバラ、、、

ところで、漫画「BECK」をご存知だろうか。

河原で草ベースボールに興じていた千駄ヶ谷ひろし(仮名)ら上毛ドルフィンズは、突然の雨にプレーを続行するか決めあぐねていた。するとこれまた謎の力により空中にスクリーンが現れ、投票場の様子が映し出される。映像のなかでは小雨のなか、異国の少女がおもむろにTシャツを脱ぎだし、上半身半裸になって踊っている。そして画面端に大きく光る「LIVE」の文字。その下に書かれている場所は、ひろしたちがよく知った公民館の名前だった…!画面上で揺れる少女のバストの横では、両手で子供の目を隠す母親、目を釘付けにする男の頬を横ではたく女。ひろしたちは顔を見合わせ頷くと、「やっぱ選挙にいかないとな、大人として」などと各々つぶやき、実家に急ぐ。同様の現象は全国の至る場所で起こっている。

場所は変わって、ここは児童待機所。私はいまゆるキャラマスコット上毛カタルくんを引き連れて、暇そうにしている子供たちのお相手をしています。待機所にはおじいさんおばあさんも沢山います。投票箱の前では子供は邪魔なので、パパママが投票に勤しんでいる間は、投票を終えたおじいさんおばあさんが子供たちの面倒を見てくれています。ねー、おばあさん。「いいんよ、わたしら帰っても暇だし」 ……というわけ。カタルくんバッヂ、ひとつ500円!!カタルくんぬいぐるみ1500円!!カタルドリンク1本300円!!いまなら購入者にステッカーをあげちゃいます!!……え?見て分かりません?営業ですよ??大丈夫、大丈夫、ここには人の暖かさと暖かいお財布がたくさんあるじゃないですか。あ、よかったねーマキちゃん、やさしいおじいちゃんがぬいぐるみ買ってくれるって。可愛いからバッヂもサービスしちゃうぞォー…はいおじいちゃん2000円になります。

という具合に、パレードは加速していきます。搾取してやった金は福祉にでも充てて溶かしてやりましょう。

お弁当ブルース

・檸檬には金を惜しまぬこと、安い檸檬は皮ばかり厚く、実は水分が少ない
・輪切りの檸檬は放っておくと種の周りや皮と実の付け根あたりが変色する
・塩水にでも漬けておけばよいのだろうか、しかしそれはいくらなんでも
・なんでもかんでも檸檬を載せれば良いというわけではなく、ものごとには最適な組み合わせというものがある、からあげとか
・意外と冷凍食品はおいしくないです
・おそらく安物だからであろう
・でもなかには旨いものもある
・二種類の冷凍春巻きのうち、旨かったほうの春巻きだけが袋から減っていく
・マズい飯は犬にでも喰わせておけ
・飼い犬がいないなら旦那にでも食わせておけ
・揚げ物も野菜も、レンジに掛け過ぎるとクッキーのように固くなってしまう
・おおざっぱなダイアル設定しかできない俺のレンジが悪い
・冷凍食品の味が悪いのも、きっと古いレンジのせい
・そこで奥さん、古い亭主も古いレンジも
・話は変わりますが、ドラム缶にコンクリートを詰める手法は、21世紀に入って10年も経つというのにアップデートされないんですね
・科学の進歩に悪意が追いついていない
・話は戻りますが、ドラム缶の形状の容器にご飯を詰めるのは好くない
・やはり白いご飯は平たい弁当箱に敷くべき
・俺の持っている電子ジャーが悪いという可能性もある
・握るか
・冷凍食品を駆使しつつも旨い弁当を作るお母さんという存在の強度
・温かくないご飯は食べられない
・あつ盛りで
・町のいたるところに公衆電子レンジが設置されていれば幸せになれる、幸せになれるのに

お弁当、はじめました

 先日、友人らと飲んでいた際に「こづかい制」という言葉を耳にしました。結婚して使えるお金に制限がかかったのでお財布のなかが寂しい、さらに異動してからは昼食代がえらく高くつくというセレブ地域の昼飯事情を聞いていた友人が「弁当を作っていけば良いんですよ!」というので私も弁当、弁当が良いよ、と乗っかる。

 聞きかじった知識をさも自分の体験のようにして語るのは、毎夜インターネットで記事を漁る私たちの得意技です。作ったこともない弁当について、「簡単だよ。適当に白飯詰めて、あるいは握って、あとは冷凍食品とか、前日の夕飯で残ったおかずを放り込めば良いんだよ。五分だよ」などと主張してみたのですが、どうも説得力に欠ける。それどころか、「でもまあ、やっぱり面倒くさいよな。面倒くさいといえば洗濯が面倒くさい。掃除が面倒くさい。ゴミ出しが。料理が…」などと厄介な家事ランキングの話になってしまい、このままではきっといつものように、「この世界で生きていくのが面倒くさい」とかそういう面倒くさい話になってしまいそうです。でも言わせてもらうけどね、君たち、いうほど家事やっていそうじゃないよ!(勝手な決めつけ)

「それで弁当は…?」と問う私に「「やっぱ無理だよね」」と綺麗なユニゾンで応える友人たち。なんだか私ひとりが自作弁当を薦め、あたかもそれが非現実的な回答であったかのように否定された、そんな空気になってしまった。こんなはずじゃなかったのに……。そればかりか「まるでわかってませんねぇ、家事の分担は大変なんですよ、はっはっは」みたいに良い夫の立ち位置から若干見下されている感すらある。一体何が起こりました? でもね、繰り返しになりますが、君たちはきっと家事を――。



 そういうわけで週明けの朝、自暴自棄になった私は、泣きながらお弁当を詰め込んでいました。スーパーに寄った際、冷凍総菜キットがひとつ130円で投げ売られていたからです。


◇ステップ1◇
前日か前々日か、とにかくあらかじめ白米を炊き、適量に分割し冷凍しておきます。当日朝に、白飯(パーツ1)を解凍します。この間、冷凍食品(パーツ3〜8)をトレイの切り込みに合わせて切り離しておきます。


◇ステップ2◇
解凍した白飯に適当な加薬(パーツ2)を混ぜます。梅、しらす、フレーク、ふりかけなどで良いでしょう。同時並行で、切り離しておいたパーツ3を組立説明書に指定された時間、トレイごとレンジに入れます。解凍します。パーツ4を解凍します。パーツ1+2を容器の半分ほどまで詰めます。任意のオプションパーツA(今回は少量のコンブ)を敷きます。パーツ5を解凍します。パーツ6を解凍します。残りのパーツ1+2を箱に詰めます。任意のオプションパーツを載せます。パーツ7を解凍します。パーツ8を解凍します。物によっては解凍の必要はありません。


◇ステップ3◇
パーツ3〜8を弁当箱にはめ込みます。シール(10枚くらいの薄切りにし、例によって冷凍しておいたレモン)を貼ります。気の利いた弁当は揚げ物の上にレモンが貼られているからです。パセリやミニトマトでも良いと思います。


◇ステップ4◇
蓋をして袋に入れてカバンに入れます。完成です。


 6個入りの冷凍総菜を6品詰めると、おかず代は一回130円で済みます。米代もろもろを含めると二百数十円ほどになるかと思います(米は実家から調達できるにこしたことはありませんが)。そう考えると、牛丼並盛りで良いような気がするし、そもそも内勤でない私がお弁当持っていっても、どこで食べれば良いんですか……?

 今回お弁当を作るにあたり、弁当箱を持っていなかったので新しく購入しました。カバンに入れ持ち歩くことを考えると幅は狭い方が良い、軽い方が良い。レンジに掛けられないので保温性が高い方が良い、これからどんどん寒くなるし、などを考慮した結果、弁当箱は3000円と少し高めです。減価償却できるまでこの咎からは逃れられません。また、先人たちの歴史を紐解くと、白米+納豆パックなど、人の考えが到底及ばないような弁当地獄に堕ちたケースも見受けられます。覚悟して手を染めるように。